バイアスとバイアス調整の違い
バイアス調整について詳述する前に、「バイアス」および「バイアス調整」というテクニカルタームについて確認しておきましょう。両者は、似ているため、混同されがちですが、意味が全く異なります。
「バイアス」は、真空管に印加するバイアス電圧自体、または、バイアス電圧が印加されている状況を意味します。
「この真空管のバイアスはいくらだったけ」という意味は、正確には、バイアス電圧は何ボルトかということです。
「その真空管には、バイアスがかかっているのか?」という意味は、当該真空管にバイアス電圧が印加されているか否かということです。
一方、「バイアス調整」は、上述したバイアス電圧を調整することを意味します。具体的には、バイアス電圧を何ボルトに設定するかということです。ここで設定されたバイアス電圧に応じて、プレート電流が決定されます。つまり、バイアス電圧は、プレート電流を制御するための電圧なのです。
「バイアスが深い」、「バイアスが浅い」 って何?
「バイアスは電圧なのに、深い浅いはおかしいのでは?」と突っ込まれそうです。電気の世界では、電圧は、「電圧が高い」または「電圧が低い」という具合に、高低で定性的に表現されます。従って、「電圧が深い」とか「電圧が浅い」という表現は使いません。
これに対して、真空管の世界では、「バイアスが深い」、「バイアスが浅い」という表現が使われます。理由を知れば、言い当てて妙な表現です。
理由のキーワードは、マイナスの電圧です。バイアス電圧は、ごく一部の送信管を除いて、マイナスの電圧です。これに対して、プレート電圧は、プラスの電圧です。マイナスの電圧というと、イメージしにくいと思いますが、乾電池のプラス・マイナスの向きを逆にしたようなものと考えてください。
ここで、問題です。
バイアス電圧がマイナス30ボルト(-30V)と、マイナス10ボルト(-10V)とでは、どちらの電圧が高いでしょうか。
答えは、マイナス10ボルトのほうが高いです。
中学校の数学の正負を思い出してください。とは言うものの、マイナスのため、プラスの実世界に生きる我々には、直感的にはわかりにくいのです。従って、マイナスのバイアス電圧を高低で表現すると、ヒューマンエラーが発生しやすく、何かと不便です。
そこで、編み出された直感的な表現が、深浅です。
ここで、海面をゼロとして、上空がプラスで、海中がマイナスと考えると、マイナスのバイアス電圧が低いほど、深海となり、深くなります。一方、マイナスのバイアス電圧が高いほど、海面に近づき、浅くなります。このほうが直感であるため、我々にとって、わかりやすく、真空管用語として定着しています。
バイアス電圧の表現を整理しておきましょう。
バイアス電圧 | 正確な表現 | 真空管的表現 |
-30V | 電圧が低い | バイアスが深い |
-10V | 電圧が高い | バイアスが浅い |
バイアスの二大メジャー方式
米国野球のように、バイアスにも、メジャーやらマイナーがあります。
これまでの真空管工学の歴史においては、「真空管に対してどうやってバイアス電圧をかけるか」、すなわち、「水道の蛇口をどうやって回すか」という方式が大先輩たちによって考案されました。長い歴史の中で、様々なバイアス方式が登場しましたが、淘汰の末、現代まで継承され、使われているメジャー方式は、つぎの二つで、皆さんも一度は耳にしたことがあると思います。
- 自己バイアス方式
- 固定バイアス方式
上記二大メジャー方式のほかに、マイナー方式として共通定電流方式、独立定電流方式などがありますが、デメリットが多く、コンシューマ製品には、使われることはまずありませんので、知らなくても全く問題ありません。むしろ、余計な知識があると混乱しますので、きっぱりとマイナー方式は忘れてください。
二大メジャー方式のみを理解すれば、バイアス調整については完璧です。従って、以下では、自己バイアス方式と固定バイアス方式に絞って説明します。
自己バイアス方式とは
自己バイアス方式と聞くと、「自分でバイアス電圧をかける」様子が想像されます。このようなイメージで正解です。蛇口の話で説明すると、自分の蛇口から出た水のエネルギーの一部を使って、蛇口を開けるという方式が自己バイアス方式です。
概念的には、自己バイアス方式においては、水力発電のように、蛇口から出た水のエネルギーの一部を電力に変換し、この電力で、蛇口に直結されたモータを駆動することにより、蛇口を開けているのです。
ここで、水量が増えると、蛇口を閉める方向に作用し、逆に、水量が減ると、蛇口を開ける方向に作用することにより、水量が一定となるように制御が働きます。
実際の真空管においては、真空管を流れるプレート電流(水)をカソード抵抗に流し、このカソード抵抗に生じる逆起電力を「バイアス電圧」として真空管にかけることにより、プレート電流を調整しているのです。
ここで、プレート電流が流れすぎると、バイアス電圧が深くなり、プレート電流が減る方向に作用し、逆に、プレート電流が減ると、バイアス電圧が浅くなり、プレート電流が増える方向に作用し、プレート電流が変化した場合、一定となるように制御が働きます。
このように、自動的にバイアス電圧を制御していることから、自己バイアス方式をオートバイアス方式と呼ぶ場合があります。
一見すると、自己バイアス方式は、いいことだらけのようですが、欠点もあります。上述したように、真空管からのエネルギーの一部を使ってしまうため、その分だけ出力パワーが減ります。
また、オートバイアス方式という名称から、特性が揃っていない複数の真空管を使っても、特性をそろえてくれるという誤解がありますが、そこまではやってくれません。従って、自己バイアス方式であっても、特性が揃った真空管を使うことがベストサウンドを作るためのセオリーであることに変わりはありません。
自己バイアス方式は、プリ管(12AX7,12AU7等)に採用されています。すなわち、プリ管の場合には、バイアス電圧を自動的に調整してくれるため、外部からバイアス調整をする必要がありません。というか、プリ管回路には、バイアス調整をする部分がありませんので、バイアス調整はできません。
従って、プリ管の交換に際しては、バイアス調整が不要であることから、プリ管を単純に差し替えるだけで、使用することができます。
万が一、「プリ管の交換時にもバイアス調整が必要だ」と販売店等に言われた場合には、誤った情報ですから、その販売店とのおつきあいは避けたほうが無難です。プリ管交換のみという単純作業で、バイアス調整料(1万円前後)を請求する販売店は論外です。
販売店の技術スキルを判断するには、バイアス調整に関する質問するのが一番わかりやすいと思います。バイアス調整の知識は、真空管の基本中の基本ですので、バイアス調整について正確に答えられないような販売店は、アルファベットのABCが言えないようなものです。
また、自己バイアス方式は、主として小型の真空管アンプにおけるパワー管(EL34,EL84,6L6等)にも採用されています。
従って、パワー管の自己バイアス方式を採用している真空管アンプの場合、パワー管の交換時には、バイアス調整は不要となりますので、特性が揃ったパワー管に差し替えするだけで、完了です。なお、この場合、バイアス調整が不要ですが、交換前後で真空管の特性が異なると、サウンドが変化します。これを変化させるか、維持させるかにより、サウンドをデザインをすることができます。
ひとまず、バイアス調整のお話は、ここまで。次回に続きます。
お知らせ
先日、サイトの全面リニューアル(5月末予定)をお知らせいたしましたが、公開時期を延期いたします。理由は、クライアントの厳しい仕様変更要求と度重なる仕様追加と、システム開発会社の作業の遅れです。
とはいうものの、クライアントもシステム開発会社もヴィンテージサウンド自身ですから、文句を言えたものではありませんが、全面リニューアル後は、格段にクオリティの高い真空管サービスをご提供できると思いますので、もう少々お待ちくださいませ。7月には、なんとかこぎつけたいと思います。
(次回に続く)
以上
2009.6.11
Good music !